男は不服そうに眉を顰めた。
「他にましな助け方はないのか」
「わがまま言いっこなし! こっちも自分比いつもの二倍速で片付けて来た矢先だったんだからね~」
売り言葉に買い言葉、そんな遣り取りをしている間にも容赦無く飛んで来る刃を、ラディは右へ左へと器用に受け流していく。
「“ いいの ”貰っちゃったみたいだね」
「ああ、ニ、三本持っていかれたようだ」
おそらく肋骨であろう、ラディは返す男の額から“ 悪い脂汗 ”が玉の様に流れている事に目を細めた。その隙さえも逃さぬと言わんばかりに暗闇へ飛び散る火花。反響する金属音。まるで此方を休ませまいとするかの様に次々と襲い来る狂乱の刃。“ うへぇ~! は、速い速い! ”と戯けて見せながらも、ラディの形相は最早必死以外の何者でも無い。もしも一度でも、その身に直に喰らってしまったならば―――その重圧凄まじい一撃を受け流し損ねたのならば、無事では済むまい。
それに再び剣柄を握り直し、男は引き摺る様に立ち上げかけた足を徐に払われて再び床へと崩れた。予期せぬ衝撃に呻く男を尻目に、ラディは一直線に伸びて来た閃光を横へと流しながら払った足を引っ込める。
「俺が見たところ、五、六本ってとこかな。左手も砕けてる、腕の骨までいってるね」
と、男を見ずに、いや、見れずにラディが洩らした。それを否定し返そうとした男に、ラディは刃を薙ぎ払った六爪の隙間から“ にやり ”とし、
「いい案練ってよ、大将」
言うが早いか高々と地を蹴り、そのまま宙で身を翻すや暗闇の中一点、不気味に揺らめく光目掛けて躍動する。空中でも構うこと無き閃光の雨。それを全て受け流しては掻い潜り、いなしては、また掻い潜るラディ。先程の男の動きに、いや、先程の男の動きがまさにこれではあるまいか。ただし、此方の方が数段速い。男を剣速と例えるならば、差し詰めラディは身速であろうか。
横腹を掠めた刃に身を捩るや、ラディは光へと手の内から黒紫の液体を飛ばしつつ、床へ低くした闇色の身体を死角から死角へと飛び移していく。それに何かが溶ける音と共に、同じく何かが床へと落ちる音が響く。その側へと身を移した途端に飛んできた閃光を掻い潜りながら、ラディは舞うが如く亡霊の背後へと旋回した。
「身のこなしがなっちゃいないね」
勝利の確信に洩れた言葉ごと、後頭部と思しき一点目掛けて一気に爪を突き刺した。一瞬の間、目を剥いたのはラディであった。
反射的に刺した爪を引き抜きながら後ろへ飛びす去ったラディの目と、穴の空いた後頭部から“ 此方を見る目玉 ”がかち合った瞬間、あり得ぬ角度に曲がった腕が宙に離れたラディの足を掴んだのだ。“ そ、それって反則でしょ ”と、引き攣り笑いで呟いたラディは、そのまま振り回されるように床へと叩き付けられた。
陥没する床、砕け散る石畳。咄嗟に右腕で受け身を取ったラディの耳に、幾多もの鈍い音が響いた。だが込み上げる血に咳き込みながらも、振り下ろされた一刀を転がるように避けるや地を蹴ったのは流石と言う他あるまい。
黒尽くめは容赦無く襲い掛かる刃を避けつつ、短く床を飛び移りながら後方へ―――男達のもとへと下がる。獲物を逃がさんとばかりに追い掛けてくる閃光の嵐をラディは片手で受け流す。
「貰っちゃった~」
戯けて見せながらも、その顔は既に極に青褪め、激痛に食いしばる歯が音を立てていた。それに男は苦痛の顔を更に歪ませる。
まさかの攻撃手が揃っての負傷とは、これ以上の危機はあるまい。まして何方も、常人ならば身を起こす事も出来ぬであろう致命傷。それでも尚、ラディが狂乱の閃光を受け流し続ける事が出来るのは、それ相応の技術を持っているからだろうが―――其れとて何時迄も保つまい。男は痛む体を口惜しそうに摩りながら、
「不味い状況だな」
と、洩らした。それにラディは僅かに視線を移し、
「“ 不味い ”と言えばさ、気付いた?」
「ああ」
「どうする? 油断してなかったにしても“ あれ ”をどうにかするのは無理かもよ?」
言いながら、襲い来る閃光を受け流し、その合間を縫うようにラディは掌に握り締めていたであろう物を男へと投げて、また、閃光を受け流す。男は投げられた物を拾い上げると、それに僅かに目を細めた。
「これは………」
「そんな物しか溶かせなかったみたい。余裕が無くて良く見れなかったけど……“ あれ ”の骨? だったら毒で溶かせるって事だから、まだ救いはあるかも………」
「いや、これは“ 私の剣 ”の鍔だ」
“ え!? ”と、間の抜けた声を出して思わず男を返り見たラディは、しかしすかさず飛んで来た一刀を慌てて薙ぎ払う。予期せぬ防刃に走る激痛を堪える黒装束。
そんなラディを他所に、男は鍔の欠片を懐かしそうに見やる。
「これは、昔、私が譲ったものだ」
「……なに? もしかしてお前“ あれ ”の知り合いなの?」
「いや」
“ それ以上に ”と男は続けて、
「懐かしい友人らしい」
ラディは襲い来る剣嵐を薙ぎ払いながらも、唖然と男を見た。
当然であろう。頭蓋骨を貫かれても目玉を三百六十度回転させ、腕さえも人間ではあり得ぬ角度に自在に曲げながら、フィルボルグ以上の凄まじい破壊力で襲い掛かってくる友達が何処に居ようか。“ 悪い所を打ったか ”と言わんばかりの憐れみの眼差しを、ラディが男へと向けた時である。
「そ、それは」
不意に少女の声が響いた。ようやく目を覚ましたログリアに、男は安堵の息を吐く。だが、少女は今しがたまで己が気を失っていた事よりも、男が手にしている鍔の欠片に転がるように詰め寄るや、
「これは“ あの子 ”が持っていた剣の鍔です!」
“ あの子の ”と繰り返して、少女は狂ったように閃光を乱れさせる先―――暗闇の中に揺らめく恐ろしい“ 亡霊 ”を見た。
「やはりそうであったな」
男は確信に呟いた。繋がったのであろう、己を、少女を知っていた謎の声の正体が、そして此処にだけ現れる亡霊の真意、その全てが。震える両手で鍔の欠片を握り締め、真っ直ぐと亡霊を見つめるログリアの瞳から、大粒の涙が零れる。
「わ、私を、助けてくれたせいで、私が、私が遅かったから………」
絶望に顔を歪める少女。遅すぎた約束にか、せめて安らかになどと都合の良い事を考えた己にか、ログリアは只々泣きじゃくる。
あれは、“ あの亡霊 ”は、少女の幼馴染だった者なのだ。自我も持たず、ただ近付く者に無差別に狂刃を揮う、変わり果てた姿。そこには、もはや少女が知る幼馴染の面影など何ひとつとして残ってはいない。ただ最期に紡いだ約束を守ろうと、最早意味も解せず此処に留まり続け、ただ宝物だった剣を、今も大事そうに握り締め続けているだけの、悍ましい亡霊。
経緯の核心を悟り、ラディはひたすらに襲いかかる刃を薙ぎ払いながら黙して耳を傾ける。何が言えよう、絶望に落とされた人間に、果たして他者が何を言えようか。そんなログリアの肩に手を添えるや、重い悲哀を破るように口を開いたのは男であった。
「死んではいないかもしれん」
その言葉に弾かれたように少女は、ラディは男を垣間見た。“ こんな時に気休めを ”と思い掛けたのであろう、しかしラディは、男が“ こんな時に気休めなどを言う人間ではない ”とでも思い出したかの様に、再び視線を戻して止まぬ閃光を薙ぎ払い続ける。
男は、ログリアが握り締めた剣の鍔を懐かしむように眺めながら、
「これは“ 聖剣 ”と呼ばれる、精霊の加護の宿る剣だ 」
一瞬、息を忘れてログリアは男を見た。それに応えるように頷き、男は続ける。
「昔、我々もまだ生まれる前、この国々が出来る前だ。この世界を混沌に陥れんとした邪悪へ立ち向かった希望―――――光の精霊の加護を受け“ 精霊騎士 ”と呼ばれた騎士達が居た」
“ 知っているな ”と男が促すと、ログリアは小さく頷いて見せた。男も僅かに頷き返してから、再び少女の手元へと視線を落とす。
「その騎士達が、また蘇るであろう邪悪に備えて作った剣―――四大精霊、そして光の精霊の加護を宿した剣が“ これ ”なのだ」
その話に愕然と口を開いて振り返りかけたラディは、しかし直ぐ様慌てて振りかかる刃を受け流し、
「通りで可笑しいと思ったよ、強いにしても程があるしね」
万事休すと言わんばかりの引き攣り笑いを浮かべるラディに、男は“ いや、むしろ逆だ ”とでも返すように首を振って見せた。
「“ 聖剣 ”は、その精霊の力により手にする者を護る剣だ。故に剣自身も手にする者を選ぶ」
“ 言い方を変えるならば ”と言いかけた男の後にログリアが続けて、
「手にすることが出来た者は、精霊の力に護られる」
「そうだ」
男は頷いた。僅かに見えた救いの光。それはまだ閉ざされてはいなかったのだと知って、少女は濡れた瞼を拭った。
「では、生きているのですね」
「おそらく。“ あの剣 ”は息吹ある者しか持てぬ。“ あんな物 ”に憑かれて未だ正気でいられる事が、いや、未だ生きている事自体が信じられん事だが……宿主として憑かれているのならば、彼を引き剥がせば良いだけだ。“ あれ ”が寄体を必要とする品物であれば、それで力も弱まるだろうからな。
だとすれば修術士の君の力でも、一時的にでも剣に精霊の力を戻すことが出来たのならば、“ 彼 ”に力を与える事が出来るかもしれん。亡霊から“ 引き剥がす ”には内側からの力がなくば―――――……やれるか?」
その問いに、ログリアは思わず口を噤んだ。当然だ、修術士になってから今まで一度も精霊の力を使えた事が無いのだから。困惑と不安、己への暗疑に苛まれ俯く少女。返らぬ返事に男は顔を曇らせると、やがて“ だが ”と少女の手元へと、その掌にある欠片へと視線を下ろした。
「急いだ方が良さそうだな。“ 欠け ”始めている」
何処か切迫した面持ちの男に、再び湧き上がる不安。もしかすれば、どのような事が在っても、本来ならば欠ける事など在り得ぬのかもしれない。唯の剣では無い、それが唯一無二の聖剣で在るのだから。だが、それがラディの毒で、意図も簡単に欠けたのだ。続きを言われずとも何か不吉な予感を感じ取ったか、ログリアは掌の欠片を再び凝視して息を飲んだ。
もしも亡霊が、幼馴染が手にしている“ 聖剣 ”が全て砕けてしまったのならば、どうなるというのであろう。精霊の力に護られ欠けぬ筈の剣が欠けると言う事は、即ち護るべき力が弱まっていると言う事なのか。では、その力が全て消え、剣が粉々になってしまったならば、護られている者は―――――幼馴染はどうなってしまうと言うのか。
ログリアは考え掛けた最悪の結末を、頭を振って打ち消した。
「とにかく、早くどうにかしないと状況は最悪って事だよね」
ふいに斜め頭上から聞こえた声。目をやると、襲い来る刃を掻い潜りながらも応戦し続ける黒装束が。ラディは宙で身を翻し、乱れ飛んで来る閃光を薙ぎ払いつつ床へと降り立つや、
「“ こっちも ”ね」
と、苦笑する。その姿に短く悲鳴を洩らしたのは少女であった。身体中に深々と切り裂かれた生傷。滲む血は溢れ出し、床へと滴り落ちている。避けられなくなった刃を身体中に受けて尚、休む間も無く放たれる刃を薙ぎ払えるのは、辛うじて急所だけは避けているからなのかもしれぬ。
だが、もはや限界である事は明らかであった。
それを悟ってか、男は剣に寄り掛かりながらも立ち上がると、ラディへと再び襲い来た一閃を薙ぎ払った。次いで、そのまま右側へと立った男に、ラディは左手を“ ひらひら ”として見せる。“ 右は任せた”と云う合図なのであろう。再び響く金属音。激しく散る火花。それにようやく我に返ったかのように、少女も慌てて立ち上がるや、杖を握り締めた。その手には、汗が滲む。それは少女への合図でもあったのかもしれない。男の問いへ返さなかったとも、やらなければ視えた光は消えてしまう。少女の閉口に男が否を詰めなかったのも、選択は余地が無く、状況は予断を許さないからに違いない。
しかし、襲い来る閃光に応戦する男とラディを目の前に、少女の足は震え出した。それを押さえつけるように叩くも、叩く手さえも震えているのだ。それを唖然と見つめる少女の手から、握りしめた杖は床へと転げ落ちた。慌てて拾おうと屈んだ足が震えに縺れる。何という事か、こんなときに。何故震えるのだ、何故言う事を聞かぬのだと、少女は唇を噛みしめた。震える拳が足を叩く。何に震えているのだ、何を恐怖しているのだと叩けば叩くほど、震えは止まらない。
そして、ついに少女の足はログリアの体を床へと叩きつけた。
「“ 落ちこぼれのログリア ”」
不意に声が響いた。弾かれたように声を見ると、乱れ飛んで来る一刀を弾き続けながら、怒りの籠る双眼で少女を見据える男が居たのだ。ログリアは愕然と瞳を揺らした。この男も知っていたのか、それを。いや、少女がラディへと名乗ってから、幾度とその名を聞いた故、気付いたのかもしれない。そして、“ 奇跡を目の前にして立ち竦むとは、やはり噂に違わぬ落ちこぼれだ ”と。
いや、イリーゾヘーラに住まう者ならば噂を耳にせぬ筈が無い。術士になる為に修術士へ成りながらも、十年もの間、今だ一度も精霊に応えてもらえぬ憐れな少女の事を。それは少女が周りに貼られた剥がしようの無いレッテルである。いつも少女に着いて廻る冷たい世間の嘲笑。才の有無、確かにそれも在る。だが、何よりも迷いの在る者に精霊は応えてはくれぬ。それ故に、幼馴染との約束を果たしたくて修術士になったログリアは、しかし、その“ 約束 ”と云う自責の念に囚われるが故に、精霊は呼び掛けに応えてくれる事は無かったのであろう。
どれ程歯痒かった事であろうか、
どれ程情けなかった事であろうか、
どれ程悔しかった事であろうか、
だが、同じ教術院の者達にも嘲笑され、子供にさえ揶揄され、それでも少女は動じる素振りすら見せなかった。確かに慣れているからではあっただろう、しかし、決して受け入れてはいないのだ。落ちこぼれだということを、いや、落ちこぼれだから約束を果たせないのだというこじ付けをだ。そうでなければ叩くまい。一方的に投げつけられる黒い感情に押し潰されぬよう、心の奥に灯し続けてきた光まで消されてしまわぬよう、悲鳴をあげる心を叩くよう、震えて泣き叫ぶ己の足を叩くまいに。そうでなければ、今、“ ここ ”で、“ この時 ”に再び聞かされたその言葉に、どれだけ虐げられようとも今まで決して流さなかった涙など流すまいに。
誰よりも何よりも、きっと己が己自身に思っていたに違いないのだ。“ 落ちこぼれ ” だと。しかし、それを受け入れなかったのは、全て、約束を守りたいという信念があったからこそであろう。だからこそ、約束を果たすべく付けたかった力に手が届かなくても伸ばし続け、心無い悪意に押し潰されそうになっても痛みで己を堪えさせ、唯一忌々しい弱さを叫び続ける足を叩き続けてきたのだろう。全ては約束を果たすために。
それが今なのだ。
約束を果たす時なのだ。だというのに、動かぬ足。止まらぬ震え。響く刃弾の音に、少女は拳を振り上げる。行かなければ、そこへ立って己も行かなければ。そのために生きてきたのだから。そのために修術師になったのだから。そのために此処に来たのだから。そのために、今ここにいるのだから。そう、少女の涙が叫ぶ。飛び散る悲痛な滴ごと、何度も何度も振り落ちる拳に、僅か、足の震えが弱まったようであった。それにログリアは奥歯を噛みしめるや、拾い上げた杖を支えに立ち上がりかけ、また崩れた。見ると、やはり足が震えているのだ。先程よりも大きく、激しく。憎しみの籠る眼で再び振り上げた拳を、しかし、少女は静かに下ろした。
震えているのは足ではない。震えているのは、自分の心なのだ。そう、ログリアは気付いた。どんなに己の心を固くしたつもりでも、押し込めきれぬものが、恐怖が弱さが悲鳴が溢れていたのだ。きっと、それを少女は分かっていた。心のどこかで分かっていながらも、それを受け入れてしまわぬよう、受け入れて恐怖に染まらぬよう、自分に屈してしまわぬよう目を逸らしていたのであろう。だが、もはや逸らしきれない現実が目の前にあるのだ。受け入れたくなくても、嫌が応にも見せられる己の弱さ。ログリアは震える拳で弱弱しく足を叩いた。
「落ちこぼれ―――」
再び投げられた言葉に、少女は大きく震えた足を握りしめた。今まで刺さらなかった言葉が、まっすぐと心をえぐる音が聞こえた。落ちこぼれ―――――まさに、今の少女こそ。ログリアは震える足を庇うように背を丸める。奇跡を目の前にして、果たすべき約束を目の前にしても尚、震える足、弱い心。目を逸らし続けた弱さに、積み重ねた弱さの愚かしさに、ただ、ログリアは杖を握りしめる。落ちこぼれ。本当に自分はただの落ちこぼれだったのだと、少女の心が痺れていく。そして、それを己で認めるかのように小さく開いた唇が呟いた。
「……落ちこぼれの……ログリア」
「そう、今がその名を捨てる時だ」
男の声にログリアは眼を開いた。思い掛けぬ言葉、それに少女の息が止まる。怯える様に視線を上げると、其処には変わらずログリアを見据え続けて燃え盛る双眼があるばかりだ。だが、男は少女の眼に応える様に、震えながらも強く握り締められた少女の杖を剣先で指し示した。
「見返してやれ、その名で君を笑う者達を。見せてやれ、“ 迷いが消えた君の力 ”を」
その言葉に、胸を叩かれたようにログリアは息を吸った。それに合わせたように零れたのは、更なる涙であった。男の眼に込み上げる怒気―――――それは少女へ向けられたものではなかったのか。何も知り得ぬのに、真実を何も知り得ようとせぬのに浅はかに他者を貶めて嘲笑する者達への、そんな者達の悪意に育てられた弱さへの怒りだったのか。
滲む視界に、ログリアは唇を噛み締める。今まで、こんなにも温かい言葉を少女は聞いた事がなかったのだ。こんなにも、己の怒りを同じく宿してくれる眼を見た事が無かったのだ。そして、これ程までに誇り高い言葉を貰った事など無かったのであろう。
堰を切ったように止まらぬ涙。今まで少女が、我が胸ひとつに押さえ込んでいたものが一気に溢れ続けた。そんな少女を真っ直ぐと見据えたまま、男は一刀を弾き返し、
「もう一人、見返してやらねばな」
その双眼は闇の奥、その中に不気味に恐怖の行燈灯す亡霊へと向いた。
「“ 弱虫は来るな ”と言っていたぞ。後悔させてやらねばなるまい」
亡霊に、否、懐かしい幼馴染に。涙で歪んだログリアの視界に、優しく微笑む男の顔が映った。少女は両腕で瞼を拭う。再び握り締めた杖は、足は、もう震えてはいない。
振り被るように亡霊を真っ直ぐと見据えた少女の眼の奥に、小さな光が焔を揺らめかした。